いつでも人生を賭けられる人生でいたいから
人生を賭けるときに私を迷わせる要素は少なければ少ないほどいい
手放せないものは無いほうがいい
いつでも人生を賭けられる人生でいたいから
人生を賭けるときに私を迷わせる要素は少なければ少ないほどいい
手放せないものは無いほうがいい
剣持の受け売りだけど、エンタメを定義するなら「楽しませることを主軸に置いた、多少の"演出"を孕む娯楽」で、「"演出"というのは言ってしまえば『嘘』である」という言葉を見て、久々に世界が拡がる感覚があったので残してみる。
プロレスのように嘘があることを前提で楽しむ娯楽がある一方、ドキュメンタリーのようにその人の本当を知ることを良しとする娯楽もある。
前者と後者の違いは、楽しませることを主軸に置いているかどうか、だと、気づいているようで気づけてなかった無知を知覚した。
ただ、前者について論ずる上で1つ忘れてはいけないことは、「楽しませる」=「快楽主義」 ではない、ということだ。そこがイコールになるのであれば、今日日世の中の娯楽は全て夢の国かドラッグの二択になっていたはず。
では、何で楽しませるのか?それが所謂 "クリエイティビティ" の範疇にあたる。問題は、環境の変化により自分のクリエイティビティに反した "演出" を求められるようになった場合、もしくは、"演出" が社会から楽しまれなかった場合。ただし、それが問題として浮き彫りになるのは、ショービジネスとして成立させようとしているケースだ。
そして、ここで一役買うのが「クリエイティブディレクター」という存在。
演出・嘘・社会のバランスを取りながらアーティストのクリエイティビティを娯楽に昇華し、楽しまれる表現へディレクションする。
私はこれになるべきだったし、なれなかった!
そして、今の環境でこれになるのが無理だということもわかってしまった!
物も時間も失ったことを認識できない場合、現実的な反省や改善は望むべくもありません。これを『足踏み』といいます ───「ワールドトリガー 28巻」ヴィザ翁のセリフより引用
私はこれを区切りとし、次に向かいます!自分の成長に使ってごめんなさい。でも、私は失敗を失敗と認識するし、足踏みも大嫌いな人間なんです。
みなさんの幸せを願います。
自分の言葉で誰かに何かを伝える、とは一体どうすることを指すのか
綺麗なもの、許してはいけないもの、大切にしたいと思うもの、捨ててもいいもの
いまの私の輪郭のとても多くは、この10年の間にラジオを通して受け取ったたくさんの言葉たちで縁取られています
私もあなたのように言葉を扱える人間になりたいと、改めて思う素敵な一夜でした。
さようならば、またあいましょう
左様ならば。
10年間ありがとうございました。#星野源ANN
30歳が朝の10時
3歳で深夜1時
1歳あたり20分
29歳になった今日は29歳×20分=580分
580分=60分×9.6時間
つまり29歳になった今日は朝の9:36
アラームは9:40なので私はまだ起きてすらいない
適当と無軌道の違いがわかる人間になりたいし
腑に落ちるいい話より腑に落ちない現実を好きでいたいし
私に求められることが唯一の正しさなら冷たさに身を置くことも厭わないし
そういうこと全てを楽しめる感性を持っていることを矜持として29歳生きてみる
反射神経が良いだけの「速い言葉」で喋る人のことを頭がいいというなら、その人に頭悪いって思われる方がマシ 昨日に生きてるわけでもなく、明日を生きるわけでもなく、昨日は今ここで生きているので。
独り占めする夜
●チーム内でどの機能を補完すべきか考える
ビジネスの話ができる人
メンバーにその話を翻訳できる人
メンバーを焚きつけられる人
●初手 " 本質論 " ぶっ込みはNG
相手の撒き餌に乗ってあげて話を引き出し(質問し)、" こいつはわかってる " と感じさせてから「だったらこれはどう?」って本質の話をする
※「本質論」は相手が聞くモードになってないと受け入れられない。本質に近づけば近づくほど本人が頑張らなきゃいけないことを自覚させてしまう。
●いい質問=その人しか持ってない情報を聞くこと
●どういう形で収益を出していきたいか、イメージを確定させる
●あーもう言いたいことわかった、て言われたら「そう!それ!それです!お願いします」
●結局はコミュニケーションのカードを出す順番
まずは話を聞いて
問題点をいっぱい吐き出させて
目先の障害を退けてあげて(ボトルネック解消)
安心させてあげる
=マネージャーの役割
●褒められる→自分が合ってるかどうかの確認になる
●寂しくさせないように気にかけておく
●明日にでも武道館が出来るよう人・モノ・金・情報を集めておく